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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)92号 決定

抗告人 北谷重剛

相手方 奈良学芸大学長

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一本件抗告の適否について、

行政事件訴訟特例法第十条の執行停止の申立につき、裁判所が申立の内容を実体的に審理し、これを理由なしとして排斥した場合に、かかる却下決定に対して抗告が許されるかどうかについては議論の存するところである。而して行政処分の執行停止は、後述の如く本案請求が理由ありとみえる場合に限りなさるべきものと解すべきであるから、その性質上受訴裁判所が本案の審理とにらみ合せて許否を決するのを妥当とすること、受訴裁判所が一たん申立を却下してもその後の審理の経過に照し停止の必要ありと思料するに至つたときは、何時でも申立または職権をもつて執行停止を命じ得ることなどの点を考慮するときは、上叙の却下決定に対しては抗告を許すべきではなく、またその必要もないとする考え方には大いにその理由があるものといわねばならない。

しかしながら、前記特例法第十条は、第二項において一定の要件の下に行政処分の執行停止を命じ得べきことを定めると共に、その第五項において、「第二項の決定に対しては不服を申し立てることができない」と規定しているのであつて、右にいわゆる「第二項の決定」が行政処分の執行を停止した決定を指すことは前記第二項の文意や第六項の規定に徴して疑を容れる余地のないところである。さすれば特例法は執行停止の申立を却下した決定に対する抗告の許否については特に規定するところがなかつたものと解するの外なく、そうなれば同法第一条民事訴訟法第四百十条により抗告をなし得る結果となるので、ここでは一応上記法条に基いて本件抗告を適法のものと解し、進んで抗告論旨につき判断することとする。

第二抗告論旨について、

本件抗告の趣旨及び理由は末尾添附の抗告の申立と題する書面に記載されたとおりである。

(一)  行政事件訴訟特例法第十条が特に行政処分の執行停止の制度を認めた趣旨は、当該行政処分に対して不服の訴を提起し勝訴した当事者に対して、これによつて蒙むることあるべき著しい不利益を防止せんとするにあるのであつて、一種の保全的処分に外ならないというべきである。従つて明文はないけれども、右の執行停止が許されるのは本案請求が理由ありとみられる場合に限ること制度本来の目的に徴して当然のところといわねばならない。しかるに本件においては、現に本案を審理中の奈良地方裁判所が抗告人の請求を理由ありと認め難いとして本件執行停止の申立を却下したものであることは原決定によつて明かである。抗告人は、本案訴訟の従来の審理において、すでに、(1)本件不正受験の用具なりとされたセルロイド製下敷に記載されていた文言と抗告人が当日提出した答案とは全く一致しておらないこと、及び抗告人に不正受験の所為があつたとのことは、単にその時の監督官の推定に止まり、何等物的証拠が具わらないことが判明しており、今後抗告人側の証人尋問が行われることによつて真相が判明し、必らず抗告人の主張の認められる時があることを確信するといい、また(2)本件退学処分は学生にとり極刑ともいうべきものであつて苛酷に失し、相手方の裁量権の誤りか乃至は裁量を超えた違法の処分で取消しを免がれないというけれども、当裁判所が関係記録を全般に亘つて精査した結果によるも現段階においては到底抗告人の右主張を肯認し難く、上叙原審の認定を左右するに足る疎明はない。

(二)  次に抗告人は、奈良学芸大学においても他の学校と同様昭和三十二年四月に新しい学期が開始されたので、この機会に抗告人の未履修課目の受講をはじめなければ、後日勝訴して復学を許されてもすでに年齢も嵩み勉学能力も低下し、それに学問の体系を失い到底許された在学期間に卒業困難という大損害を招来するは必定であると主張するが、抗告人が現在他の一般学生と同様の学修を継続し得ないことは本件退学処分の当然の結果であつて、すでに述べた如く抗告人の右退学処分取消請求がその理由ありと認め難い現状においては、抗告人として右の損害はこれを忍受しなければならないものというべく、しかも本件の如き行政処分の性質上容易くこれが執行を停止するときは処分の実効を失わせる結果ともなるのである。

以上の次第であるから本件抗告を理由なしとして棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第四百十四条第八十九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 山口友吉 小野田常太郎 小石寿夫)

抗告の申立

抗告人     北谷重剛

右代理人弁護士 戸毛亮蔵

被抗告人    奈良学芸大学長

稲荷山資生

申請人(右抗告人)被申請人(右被抗告人)間の奈良地方裁判所昭和三十二年(行モ)第一号退学処分執行停止申請事件につき同裁判所が昭和三十二年四月十九日為したる「本件申請を却下する」旨の決定は全部不服でありますから茲に抗告を申立てます。

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す

被抗告人が昭和三十一年十月二十二日附で抗告人に対して為したる抗告人を奈良学芸大学より退学せしめる旨の行政処分は抗告人から被抗告人を相手取る奈良地方裁判所昭和三十一年(行)第五号退学処分取消訴訟の判決確定に至る迄一時停止する

旨の御裁判を求める。

抗告の理由

第一、抗告人の抗告審での事実上の主張は原審決定書理由に掲記の通りであるから茲にこれを引用する。

第二、所で原審は昭和三十一年十一月八日抗告人より申請の同庁昭和三十一年(行モ)第一号退学処分執行停止申請事件に於て該申請を却下せられ其の後の昭和三十二年四月の被抗告人を学長とする奈良学芸大学の新学期の開始は未だ事情の変更でないとせられるが其れは誤認である即ち右は事情の変更であり抗告人が此の機会に復学を許されないときは償ふことの出来ない損害を生ずる緊急の必要に迫られたものと謂はなければならない抑抑抗告人が曩の昭和三十一年(行モ)第一号事件で申請を却下せられたのは昭和三十一年の十一月八日で当時は学期の半ばで秋期学業試験も終了し爾後大した授業も行われないのでこれに抗告人の第四回生としての修学は其の後仮令中止するも猶ほ其の損害は僅少であつた所が愈愈昭和三十二年四月に及ぶと殆んどの学校がそれであるように右奈良学芸大学でも新しい学期が開始せられた故に抗告人の未履修科目も亦この機に臨んで受講を始めなければ学問を体得し後日の受験に因て履修単位を獲得することが甚だ困難であるこれでは抗告人が後日本案訴訟の結果復学を許されても既に年齢も嵩み勉学能率も低下し其れに学問の体系を失ひ到底許された在学期間(八年間)に卒業困難な大損害を招来するは必定である学校教育と新学期開始との重要関係は改めて疏明を待つ迄もなく既に公知の事実である所が原審ではこの重要事実を看過せられ昭和三十一年十月の秋期試験の終了後と昭和三十二年四月の新学期開始との間に事情の変更なしとせられるのは事実を誤認せられたものと思う

第三、更らに原審では「又前記本案事件の審理の経過に徴するも未だ前記却下決定を覆して申請人の申請を許容するに足らない」と判定せられる

然かし従来本案訴訟での証拠調は専ら右大学の而かも抗告人に不正受験の疑ありとしてこれを摘発した試験監督官小川助教授の証人訊問によるもので摘発責任の立場から其の証言は抗告人に不利であろうことは免れない今後抗告人其の他抗告人側の証人訊問を行われることに因つて真相判明し必ず抗告人の主張の認められる時のあることを確信する。

第四、尚を従来本案訴訟で判明したのは

(一) 本件不正受験の用具なりとせられるセルロイド製下敷に記載されていた文言と抗告人が当日提出した答案の記載とは全く一致して居らない事

(二) 又抗告人の右答案は当日の出題に対する解答としては全く方面違いであつた事

(三) 抗告人の右不正受験というのは単に其の時の監督官小川助教授の推定に止り他にこれを確認したものも物的証拠も具はらないこと

等で抗告人の見解としては以上の各事実によつては決して抗告人に不正受験の行為ありとは言えないと信じる。

第五、仮りにそれが不正事件であるとしても学生としての極刑とも言うべき退学処分は苛酷に過ぎる現にこの程度の不正受験で退学処分に附せられた例もない

以上のように本件退学処分は事実を誤認した被抗告人の裁量の誤りか乃至は裁量権を超えた違法のものであつて取消さるべきものと思う然かしこれが訴訟で明確になる迄待つことは抗告人に回復すべからざる大損害を生じる虞れあるから抗告人は本件執行停止の申請に及んだが却つて原審は事実を誤り抗告人の右申立を却下せられたのでこの是正を求める為め本件抗告を申立てます

疏明

原審に提出したものを援用する

昭和三十二年五月一日

抗告代理人 戸毛亮蔵

大阪高等裁判所 御中

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